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地中海バルセロナから

太陽がサンサンと降り注ぐスペイン、バルセロナ
40代、ファッションも遊びも男も普通じゃ嫌
PARTYとか社交的なお出かけが多いわたくし
素敵な人たちとアンダーグラウンドなバルセロナをお伝えします

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インド旅行日記3 列車の旅
インド旅行日記3
デリーからジャイプール 列車の旅

デリーでクレイはショッピングに没頭
なんたってなんでも安い!
旧市街地のかなり細い道は問屋街みたいで
サリー、宝石、雑貨、手芸用品等色々なお店がある

でも噂には聞いていたけど、想像以上の貧しさに目のやり場もない

ゴミ捨て場がそこらじゅうにあるのだけど、ひどい。ごみの山
ごみを種類別に分けるわけでもなく。

食べ物の屋台は沢山あるけどとても不衛生

クレイはひどい!ひどい!の連発
見てあのごみの山!なんて汚いんだ!まるでここは紀元前の世界のようだと。
世界がまるで違う
そうこの匂い。昔おばあちゃんの家にあった汲み取り式トイレの匂いと一緒だ
街がそんな匂いなの

私たちの案内人は映画の製作とかにかかわってる人で
デリーのお洒落なタウンに夜は食事に行く
ビールとかもおいてあるところ。東京の代官山のお忍びレストランみたいな雰囲気
外国人がほとんどでサリーを着た女性はいない
お料理もとってもおいしかった


でも、デリーのごたごたは一日でよかった。もうこれ以上滞在したくない!
早くもっと素朴なところへ向かいたかった

電車に乗って私とクレイはジャイプールに向かうことにする
チケットはインターネットで購入した

翌朝早めにデリーの駅に到着する予定がタクシーの運転手が駅を間違えて
(ニューデリー駅とデリー駅の二つあるうち、私が間違えてニューデリー駅と言ってしまったのだ)
割とギリギリに到着

でも列車は遅れていた。

デリーの駅がこれまたきつかった。

駅ではみんな地べたに座ってる。寝転んだり。みーんなインド人
外国人らしき人は私たちしかいない

何十人の人々が一斉に私たちを見つめる

私たちを上から下まで眺める

クレイは前日購入したインド男性の服装で
彼の髭面のルックスはインド人からもインド人と間違われているくらい

私はスペインのインドショップで購入した
インドコットンのチュニックにスパッツ


おそらく中国女を連れて帰ってきた外国帰りのインド人とでも
思われて珍しがられたのに違いない
なんて事を囁きならら私たちは足早に歩いた

それにしても、ギラギラの50人以上の視線はかなり迫力がある
髪をひっつめて、サングラスかけてみる。ああ、少しマシになった。

駅の線路にある蛇口で体を洗っている家族いるし

あんなに食べ物には気をつけていたのにお腹がゴロゴロいいだすし
駅のトイレなんて日本のだって行きたくないのに
インドの駅のトイレ!想像しただけで怖い。

「ベイビー、我慢してる暇はない。さっさとトイレに行くんだ」とクレイに背中を押されて

仕方なく鼻を覆って用を足す。とりあえずトイレットペーパー持参してきてよかった

トイレから出てきたクレイは「穴が端っこにあるだけだよ。あれはいったいなんなんだ〜」
と興奮気味だった

結局2時間くらい遅れて列車は到着した

私たちの列車と同じワゴン SLIEERER CLASS (後でわかるのだけど3等のエアコンなし指定席)
dehli2.jpg





















列車内。8人席には10人くらい腰掛けてる (早めに2人がけの席を占領してよかった)

tren.jpg


すぐにどこにでも順応する私。もうすっかり旅人。っていうか囚人みたいでしょ…
tren2.jpg



それにしても300キロの距離で二人で700ルピーくらいだったけ
時間あってお金がない人にはインドは優しい国ですね
お尻が痛くなりました

車窓から貧乏な人たちの生活の風景など沢山見た
5時間してやっとジャイプールに到着


インド旅行日記4 へ続く
2010年10月29日(金) 07:01 [ 旅行 ]
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インド旅行日記2 デリー編
デリー観光にはクレイの知り合いの知り合いだという
デリー在住のとても親切な男の子が
案内してくれた

彼はスペイン語圏の出身の為、私たちは言葉に不自由することなく
彼の案内に身を負かす

オートリクシャーに乗って街を流す

デリーの印象は
とにかく騒音がひどい。昔タイを旅行したときを思い出した
でもそれ以上にひどくって、皆が皆クラクションを鳴らしっぱなしなのである
新しい地区は緑もあって道路も整備されていて都会なのだけど
旧市街地付近はひどく汚らしい
そこら辺がごみだらけで、臭い。とにかく鼻をおおうような匂い
人がぞろぞろ、牛、車、バス、オートリクシャー、バイク、がぐちゃくちゃになって
道をふさいでいる
デリーきちゃない!臭い!



デリー旧市街地付近
クレイと私
手にはしっかり地球の歩き方(大変お役に立ちました)

dehli.jpg


























インドといえば牛。牛だけでも勝手に歩いてる

dehli3.jpg


















貧窮の世界を目の当たりにする
dehli4.jpg


デリーの子供たち。皆の笑顔、おじいさんの笑顔がまたいいよね!

IMGP0013.jpg


IMGP0011.jpg


インド旅行日記3に続く… 
最近暇なのでどんどん更新します
2010年10月29日(金) 03:38 [ 旅行 ]
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インド旅行日記
インド旅行日記1

インド…行ってみたいとか特に気になっていたのではない
旅行好きの私は行ってみたことのない国ならどこでもよかった
親友のクレイは最近頭にターバンを巻いてインド人もどきの奇妙なファッションをマイブームとしている。彼のお誘いで旅のお供をすることになる

考えてみれば友人と旅行なんて経験が、全くない
ブラジル産まれのクレイは私とテンションが同じで会うといつも笑いだけの
なんとも楽しい仲間である
そしてラテン系には珍しく有言実行派で約束時間にも遅れてきた記憶はない

と久々の楽しみな旅行

しかし思ったよりインド行きは容易くはなかった
まずはビザ取得の手続き。申請から10日ほどでインド査証付パスポートは返却されてくる
それから保健所に出向きワクチンを4種類接種。
スペインからインドへの空路は直行便がない
バルセロナーミュンヘン、ミュンヘンーデリー 合計10時間強の飛行時間

時間、チケット代とも日本へ帰るのとさほど変わらない

もっと近かった、安かった、簡単かと思ったが本音
でもヨーロッパ、日本以外の久々のバカンス!
とっても楽しみ♪

そして長い準備期間と、飛行時間の後
無事に私たちは深夜の1時くらいにデリー空港に到着したのでありました

空港のお手洗いの入り口。男性、女性と大変わかりやすい
ちなみにお手洗いごとに写真のモデルが違う。ステキ!
IMGP0001.jpg


















そしてお金を空港にて両替
とりあえず、日本円にして5万円ほど。
大きなお金は、お釣りがないと言われるとガイドブックにも書いてあったので
100ルピー札を中心に両替したら札束になって焦る
気分は大金持ち♪

satsu.jpg


















翌日は早起きしてデリー観光なのでホテルにチェックインして就寝につく

インド旅行2へ続く
2010年10月28日(木) 04:31 [ 旅行 ]
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銀行にて
窓口にできた10人以上の長い列が一向に進まない

バルセロナのへそにあたるカタルーにア広場にあるこの銀行は
入り口から奥へ進むと両替とか入金をに対応する窓口があり
私は高い高いガラス張りの天井を眺めたりしながら
列とはちょっと離れたところにあるベンチに座っていた

天井はほぼ円形の形で、キムベイシンガーが金庫破りの役を主演していた
映画を思い出した。小さなコンサートホールのような内装だ

私は自分の残りの借金の用件で
窓口とは別にある係りの銀行員を待っていた

窓口の列は一向に進まない
なんてトロイのだろう

私の担当の銀行員はディスクで南アメリカ人風な太ったお客と話をしていた
私が到着してから、もう15分以上は経過している。待たされるのはいつもの事

今日は暇だったので、気長にベンチに座って私の順番を待っていた
30分も過ぎたころだろう
窓口の列の一人が、唐突に笑顔で私に近寄ってきた

コンニチワ、アナタハ ニホンジンデスカ?
とお辞儀をしながら私に話しかけてきた

私が「はい、そうです」と答えたと同時に
彼女は私に語り始めた

「私は、日本に7年間住んでました。岩手にね。もう27年前になるけど
主人は○○に働いていて、子供が3ヶ月の時にスペインに来たんですけど
日本で国籍とればよかったな、
にほんご大好き。主人はいつも帰りが遅くてね、夜の2時とか、だんだん翌朝の10時とかになって
私心配でしょ、事故にあったんじゃないかとか、心配して。
あなたどこに行ってた?女の人のベッドでしょとか…
子供産まれたばかりだし、そのうち主人帰ってこなくなって、離婚したんだけど
市役所の紙にサインしただけ。ああ、あの時家庭裁判所にいっておけばよかったな
主人は子供が20歳になるまでお金送ってくれるっていたけど
一回も送ってくれたことないよ
5万円でも、3万円でも、一万円も。。。最初給料の半分っていってたんだけど
そのうち主人結婚した。キャバレーの女だった。相手の女
その女と結婚して子供2人できて、女が3人子供いたから、子供全部で5人で
だから私にお金送れないって
それから
電話しても電話でないし、大使館に相談してもバルセロナは領事館だから
マドリードに行かなきゃいけないって
でも日本から抄本を送ってもらって、住所に手紙書いたよ。
主人に書いたけど、お金送ってくれない…

機関銃のようにずっと話している

薄紫色のどっかのメーカーのワンポイントの入ったダウンジャケットにはしみがついていて
花の形をした赤と白が混じった光る石の中国っぽいかわいらしいイヤリングに
同じような類の指輪をしわくちゃな手にしていた
年齢は50代から60代で
まぶたが薄くくぼんでいて、眼球が飛び出ている
目がおかしいので、怪しいげな人相だけど
ラメとか柄の入った全体に黒っぽいスリムなパンツを履いていて
足は細くてまっすぐで長かった。

なんでこんな人の話を聞かなくっちゃいけないんだろう…
思いっきり嫌な顔になっていたと思う

でも、嫌いな人を無視したり、不親切にするのは私の欠点だと最近反省し始めたところだったので
いつもになく
ちょっとだけ耳をかすことにし
少しずつ言葉を返すようにした

「ご主人とは離婚されたんですね?」

彼女は「そうです」「お金送ってくれない」とまたお金強調した

まるで最近の出来事のように話すけど
それは28年もの前の話で
この不景気をあおってお金に相当困っているのだろう

私が
「あなたが…」と言いかけ、「ええっとお名前は?」と尋ねると

彼女は「マリーです」と笑顔で答えた

「そうですか、マリーさん。マリーさんが連絡しても無理だと思います。
もう離婚は成立してるのだから」

彼女は一瞬悲しそうな表情をしたけど、それでもまだ主人と連絡とってお金を払ってもらって….


日本人男性と結婚したのだから
昔はきっとかわいらしい人だったんだろう…
目線を逸らすと
彼女が手に持っていた銀行の通帳と一緒に、写真つきの身分証明書が目に入った
写真は現在の容姿とは異なっていて、20歳くらいの写真にも見えたけど
スペインの身分証明書は10年更新なので、10年以内に撮影されたのではある
写真のマリーは健康的でかわいらしかった

「目もね、おかしくなっちゃたんですよ
ほらここの額の傷…
ここにね、ぶつけられて目の神経がやられちゃったのね」

不幸な人というのは不幸な人生を仕入れられているのだろうか

私は長い彼女の話に少し痺れを切らしかけだし
「マリーさん、もうご主人の件は忘れたほうがいいですよ
ご主人には新しい家庭があるのだし、あなたが連絡しても返事はないでしょう
そうだ、あなたの変わりに息子さんに連絡させたらどうですか?
息子さんは血がつながっているのだから」

マリーは一瞬困惑した顔をしたけど
すぐに自分の話に戻って
手紙がどうったらこうったらで、でも漢字が読めないからどうのこうのだと
息子と元旦那の関係は口にしない

「息子さんはお元気ですか?」話題を変えようと思った

「はい、とってもハンサムで、日本人だから」

と嬉しそうに答えた

嬉しそうな笑顔を見てほっとした
本当に息子さんがいてこの人は救われただろう
この人は若くて美しいうちに愛し合って子供が産まれて
本当によかったと思う
と彼女も思って27年前のことなど忘れて欲しいと思う

マリーはまたいつか日本へ帰りたいといった
スペインは好きじゃない。こころはもう日本人だからって。東北訛りで。

担当の銀行員が私を呼んでいる

私は「マリーさん頑張ってください」と握手して
彼女は自分のいた列に戻っていった
2010年10月28日(木) 03:54 [ エッセイとか日記 ]
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人間関係…死刑反対
はっきりいって私の性格は竹を真っ二つに割ったような
決断力が強いというのか
例えば嫌いになった人は生涯嫌い。もう二度と関りあいたくありません
あちらも連絡してこないのですが、こちらから連絡することは全くありません
ってな感じである

遠く離れてしまうと、日本人の知り合いとはなんとなく連絡を途絶えたりすることも多いので
こんな事書くと、誤解を招いてしまう、それでは困る

嫌になってなんとなく連絡しなくなった状況とは
原因が双方の間で明らかになっていると思う

例えばちょっとした口論があったとか。

そんなんで幻滅して
関係に終止符が打たれてしまった例が思い起こせばいくつもある
大変仲が良かったのにも関らずである

よく恋人同士で復縁なんていう話も耳にするけど
私の場合は全くない

過去は振り向かず、常に前を向いて生きていく
が私のポリシーでもあるから

でも長年のスペイン生活で私は変わった

スペインでは口論っていうか、討論がごく普通のことであって
何かに対してお互いの意見をぶつけ合い
それが傍から見ると結構激しいものであっても
5分後には笑ったりしてる。関係が消滅したと思いきや、突然普通に連絡してくることも
度々ある。
竹を二つに…の性格には「なんだったの?」…なんだか気が抜けてしまうけど
正直嬉しい

日本には「キレる」とか、「仏の顔も三度まで」とか、「根に持つ」とか
そんな言葉があるけれど
その時感じたことをすぐ口にする、言葉使いに気をつけ(相手を屈辱するような汚いことば絶対使わない)
話し合うことが大切であって、キレルまで心に秘めてはいけない 
例えば「今まで黙っていたけど…」なんていう頭だしにしない

そして上手く人間関係を保つには 「時間を置く」 にあると思う

たとえその時嫌だなっと思っても、しばらく時間をおいて
それが一週間だったり、一ヶ月だったりするかもしれないけど
後味のすっきりしない場面にあったら
とにかく距離をおいてみる

そうすることによって、頭は絶対冷えるので冷静になれるし
覚えていないくらい些細なことだったりするのが判る

この歳になってお恥ずかしいもので
私も人間関係は難しいなと思うことがある

それでも、結局自分の思うように返事をしてくれなかったり
するところで幻滅したり、疲れたりするのは
自分のエゴであると思うようになった。皆それぞれの育った環境と考え方があるのだから

と最近は思うようにしている。

以上は主に討論の場合だと思うけど

例えばスペインでは見え透いた嘘言ったり
約束ドタキャンされたり、よくある

こういう時むかつくし、落ち込むけど
またそこで時間を置いてみることにしてみる

相手も連絡がないことでちょっと反省するし(そう願っているけど)
収まった頃(自分の頭が)普通に戻ればいい

実際、怒ったり、むかついたりする事以上に人生には楽しいことが沢山あることに気づく

ところで、最近の日本のニュースで
死刑の判決が下りたのをなんどか耳にした

私は死刑制度反対だ

理由は
1、死刑が一番重い償いだと思わないから

人殺しをした人に短期間に死刑を実行してしまうことは
あさはかでさえあるように思える
囚人は、いわゆる、生きる尊さを知らない人なのであるから
無意味だ

2、人を恨んで仕返し(例えば死刑)をしたらといって
恨みが晴れることでもないと思うから
死んだ人は戻ってこないのだから

3、囚人は生きることの尊さ、又は辛さを更に実感する必要がある

死刑実行より、終身刑のほうがよほど辛いのではないかと思う

薬や電気椅子や首を切られて一瞬の痛さで人生を終われるほうが
容易であって、何年も何年も監禁されて、罪を問われて一生監獄で暮らすほうが
苦しいのではないかと思う

すぐに実行せず「時間を置く」

時間が経つことにより

囚人も自分の侵した重大な罪を、本当に反省することができるかもしれない
生きて罪を補わなければいけないと思う

逆に、時間が経って亡くなってしまった人の事を忘れるかって…
そんなことは無いと思う

人間に産まれてきたのであるからには生きることの尊さを
誰もが知らなければならない

私も昔は人殺しをした人に対してすぐに死刑という頭があった

スペインでは死刑制度は1995年に完全に廃止されている

人が人を簡単に殺してはいけないと思う
2010年10月26日(火) 06:09 [ エッセイとか日記 ]
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