スペインの両親と私
2007-12-13 13:16:02
家族関係とエピソードをシリーズ化してお届けします。
第一回目は、スペインの両親と私
パパとママの家に最初に遊びに行ったのは、結婚するよりもずっと前のことでした。照れ屋のダンナがまともに紹介してくれなかったのに、何も聞かずに暖かく迎えてくれました。
明るくていつも、ガラガラ笑っているイメージの強いパパ。食いしん坊で、お料理がとても上手でした。パパのつくったパエーリャは最高でした。懐かしいなあ。
小食な私は、ご飯を食べるときに、
「Comes muy poco. Come Come ! 小食だねー。もっともっと食べなきゃだめだよ。」といつも言われていました。
ママは、静かでかわいらしい人です。二人はおしどり夫婦。いつも一緒。
仕事を仲良くリタイアした後は、仲良く、自宅の後ろで家庭菜園を楽しみながら生活していました。
スペインに帰ったときの私の楽しみは、パパと一緒に裏の畑を散歩することでした。初孫のまあちゃんのこともとてもかわいがってくれていました。
でも、三年前にパパは急に他界・・。
遠くにいるということは辛いですね。連絡を受けてすぐに旅立ったのに、着いたのは三日後。葬式も何もかもが終わっていました。それが、外国に住むということなんだなあとしみじみ思うのです。
パパは、あんちゃんのことを知らずに他界してしまいました。ちょうどパパのお葬式から戻ってすぐにあんちゃんがお腹に居る事がわかりました。だからあんちゃんは、パパの生まれ変わりなんです。
ぐりぐりとした大きな目。食いしん坊で、抜け目がなくて・・・。
いつもパパを思い出します。
スペインでは、結婚するということは、家を出るのと同じことです。だから、私たちにスペインに帰ってこいとか、そんな話は一度もしたことがありません。一人ぐらしでも、弱音をはかない、ママ。
私は、スペイン語もまともに憶えないダメな嫁だと思うのですが・・・。でも、いつも本当の娘のようにかわいがってくれます。
今年は二年ぶりに子供たちとスペインでクリスマスを過ごします。
お土産は、私とお揃いの真っ赤なセーターにしました。
それから、毎年、クリスマスイブのランチにパパがつくってくれたパエーリャ。なんとか作れないものかな、と考えているところです。
第一回目は、スペインの両親と私
パパとママの家に最初に遊びに行ったのは、結婚するよりもずっと前のことでした。照れ屋のダンナがまともに紹介してくれなかったのに、何も聞かずに暖かく迎えてくれました。
明るくていつも、ガラガラ笑っているイメージの強いパパ。食いしん坊で、お料理がとても上手でした。パパのつくったパエーリャは最高でした。懐かしいなあ。
小食な私は、ご飯を食べるときに、
「Comes muy poco. Come Come ! 小食だねー。もっともっと食べなきゃだめだよ。」といつも言われていました。
ママは、静かでかわいらしい人です。二人はおしどり夫婦。いつも一緒。
仕事を仲良くリタイアした後は、仲良く、自宅の後ろで家庭菜園を楽しみながら生活していました。
スペインに帰ったときの私の楽しみは、パパと一緒に裏の畑を散歩することでした。初孫のまあちゃんのこともとてもかわいがってくれていました。
でも、三年前にパパは急に他界・・。
遠くにいるということは辛いですね。連絡を受けてすぐに旅立ったのに、着いたのは三日後。葬式も何もかもが終わっていました。それが、外国に住むということなんだなあとしみじみ思うのです。
パパは、あんちゃんのことを知らずに他界してしまいました。ちょうどパパのお葬式から戻ってすぐにあんちゃんがお腹に居る事がわかりました。だからあんちゃんは、パパの生まれ変わりなんです。
ぐりぐりとした大きな目。食いしん坊で、抜け目がなくて・・・。

いつもパパを思い出します。
スペインでは、結婚するということは、家を出るのと同じことです。だから、私たちにスペインに帰ってこいとか、そんな話は一度もしたことがありません。一人ぐらしでも、弱音をはかない、ママ。
私は、スペイン語もまともに憶えないダメな嫁だと思うのですが・・・。でも、いつも本当の娘のようにかわいがってくれます。
今年は二年ぶりに子供たちとスペインでクリスマスを過ごします。
お土産は、私とお揃いの真っ赤なセーターにしました。
それから、毎年、クリスマスイブのランチにパパがつくってくれたパエーリャ。なんとか作れないものかな、と考えているところです。



そうなんですよね・・・。外国に住むってことはそれなりの覚悟が必要なんだなあ、とダンナの気持ちを考えると居たたまれません。
だからこそ、一緒にいられるときにいっぱい親孝行しなくちゃ、と思います。
akiさんのブログにも遊びに行きますねー。よろしくです。