幽明異境D
2007-10-14 21:47:08
【10月8日 通夜祭】
この日は4時半起床。
なぜかというと、島根からママ上の兄弟が上京してくることになって
「夜行列車で早朝に着くから♪」とのことで、妹ちゃんがお迎えに
東京駅まで行くことになったからであります
さすがに、彼女一人に早起きさせる訳にもいかないし、、、ね。
ママ上はなんと9人兄弟の末っ子で、いちばん上のお兄さんとは
20才以上離れていたとか。で、今回は可愛い末の妹が心痛だと聞き
生き残ってる兄弟が揃って上京してくれたって訳。
そして、やってきましたジジババ5人衆(←失礼?)
方言が激しくてヒアリングが大困難な上に、耳が遠くてこっちの話を
イマイチよく聞き取ってもらえないらしく、コミュニケーションに苦戦。
しかも地元トークでHotに盛り上がってた為
会話に参戦するのは
不可能と判断し、とりあえず脇で笑顔&相づちを打つ役に徹する。
そしたらお約束の「ユイチの嫁さん、二世はまだかい
」攻撃
だ 〜 れ 〜 か 〜 た 〜 す 〜 け 〜 て 〜 ぇ 〜〜〜
---------------------------------------------------------
昼過ぎに親戚が集まり、それを合図に家の者も喪服を身につける。
ぷち子はママ上のメイクを担当。普通キモノにははっきりした色の
リップを塗るけど、喪だから違うよね〜と落ち着いた色を薄くひく。
16時半。
いよいよ、出発の時刻。
霊柩車が到着し、納棺のときと逆に、庭から棺を運び出した。
それを見守る一族と、回覧板で訃報を知ったらしい近所の皆さんが
玄関から出てきて、一緒に最期のお見送りをして下さった。
(こーゆうの初めて見た…埼玉の田舎でこれだけ仰々しいんだから
ホンマモンの田舎だと、どんだけなんだろう?)
そして、霊柩車にはユイチとママ上が乗り込み、他の一行は数台の
車にわかれて乗り込んで、葬斎場へ向かった。

↑式場入口。
両脇に「御神燈」が掲げられ、例の「玉串奉奠」=(仏式の「お焼香」)
のお作法について書かれたボードが掲出されていた。
喪主はユイチ。

神式では「喪主」じゃなく「施主」と呼ぶんですよ、と教えてくれた
葬儀業者がなぜ「喪主」と書かれた喪章を準備していたのか?謎。
(単に「これしかありませんでした」説が有力…)
お通夜は雰囲気的に悲しさがこみあげるかな〜と思ってたんだけど、
玉串奉奠のやり方を間違えないか真剣&弔問客にユイチの友人や
会社関係の人々が来ていて、なかなか会う機会のない彼らを目で
追うのに一所懸命で。さらにユイチが通夜ぶるまいで施主の挨拶を
無事終えるまでは気が抜けず、悲しむ暇もなかった。
それにしても、200人近い人が参列したのには驚いちゃった。
社葬ではないけど、元自営業だったからなのかな。
玉串を150で用意してもらってたので、あぁもうすぐ足りなくなる〜と
やきもきしてたら、神主さんが大きな「マイ玉串」で既に納められた
ミニ玉串の上をサッと振りかざし、それをそそくさと次の弔問客へと
手渡していた(イレギュラー対応なのかしらん
)
そして、葬斎場の都合により、ママ上&妹ちゃんはジジババ5人衆と
その場に寝泊りすることになり、ぷち子はユイチとふたりで帰宅して
留守を守ってくれていたママ上のご近所仲間にお礼を伝え、その後
やっとひさびさ、ふたりきりの夜を迎えたのでした。
…でも、やっぱり遺族は忙しい
ユイチは翌日の葬儀での挨拶を推敲し、ぷち子は溜まった洗濯物を
片付けたり、出棺時バタバタ慌しくぐちゃぐちゃになった部屋を片付け
やっと午前様で就寝
我ながら、お疲れッ。
この日は4時半起床。
なぜかというと、島根からママ上の兄弟が上京してくることになって
「夜行列車で早朝に着くから♪」とのことで、妹ちゃんがお迎えに
東京駅まで行くことになったからであります

さすがに、彼女一人に早起きさせる訳にもいかないし、、、ね。
ママ上はなんと9人兄弟の末っ子で、いちばん上のお兄さんとは
20才以上離れていたとか。で、今回は可愛い末の妹が心痛だと聞き
生き残ってる兄弟が揃って上京してくれたって訳。
そして、やってきましたジジババ5人衆(←失礼?)
方言が激しくてヒアリングが大困難な上に、耳が遠くてこっちの話を
イマイチよく聞き取ってもらえないらしく、コミュニケーションに苦戦。
しかも地元トークでHotに盛り上がってた為
会話に参戦するのは不可能と判断し、とりあえず脇で笑顔&相づちを打つ役に徹する。
そしたらお約束の「ユイチの嫁さん、二世はまだかい
」攻撃
だ 〜 れ 〜 か 〜 た 〜 す 〜 け 〜 て 〜 ぇ 〜〜〜
---------------------------------------------------------
昼過ぎに親戚が集まり、それを合図に家の者も喪服を身につける。
ぷち子はママ上のメイクを担当。普通キモノにははっきりした色の
リップを塗るけど、喪だから違うよね〜と落ち着いた色を薄くひく。
16時半。
いよいよ、出発の時刻。
霊柩車が到着し、納棺のときと逆に、庭から棺を運び出した。
それを見守る一族と、回覧板で訃報を知ったらしい近所の皆さんが
玄関から出てきて、一緒に最期のお見送りをして下さった。
(こーゆうの初めて見た…埼玉の田舎でこれだけ仰々しいんだから
ホンマモンの田舎だと、どんだけなんだろう?)
そして、霊柩車にはユイチとママ上が乗り込み、他の一行は数台の
車にわかれて乗り込んで、葬斎場へ向かった。

↑式場入口。
両脇に「御神燈」が掲げられ、例の「玉串奉奠」=(仏式の「お焼香」)
のお作法について書かれたボードが掲出されていた。
喪主はユイチ。

神式では「喪主」じゃなく「施主」と呼ぶんですよ、と教えてくれた
葬儀業者がなぜ「喪主」と書かれた喪章を準備していたのか?謎。
(単に「これしかありませんでした」説が有力…)
お通夜は雰囲気的に悲しさがこみあげるかな〜と思ってたんだけど、
玉串奉奠のやり方を間違えないか真剣&弔問客にユイチの友人や
会社関係の人々が来ていて、なかなか会う機会のない彼らを目で
追うのに一所懸命で。さらにユイチが通夜ぶるまいで施主の挨拶を
無事終えるまでは気が抜けず、悲しむ暇もなかった。
それにしても、200人近い人が参列したのには驚いちゃった。
社葬ではないけど、元自営業だったからなのかな。
玉串を150で用意してもらってたので、あぁもうすぐ足りなくなる〜と
やきもきしてたら、神主さんが大きな「マイ玉串」で既に納められた
ミニ玉串の上をサッと振りかざし、それをそそくさと次の弔問客へと
手渡していた(イレギュラー対応なのかしらん
)そして、葬斎場の都合により、ママ上&妹ちゃんはジジババ5人衆と
その場に寝泊りすることになり、ぷち子はユイチとふたりで帰宅して
留守を守ってくれていたママ上のご近所仲間にお礼を伝え、その後
やっとひさびさ、ふたりきりの夜を迎えたのでした。
…でも、やっぱり遺族は忙しい

ユイチは翌日の葬儀での挨拶を推敲し、ぷち子は溜まった洗濯物を
片付けたり、出棺時バタバタ慌しくぐちゃぐちゃになった部屋を片付け
やっと午前様で就寝
我ながら、お疲れッ。
