しびれた言葉とは [2006年01月26日(木)]
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前回の続きです。エコノミストの浜矩子さんの言葉で、もっともしびれたのは、予測が「壮絶にはずれてもいい」という言葉でした。
もちろん、これには但し書きがあって、整然とした裏付けがあってこそということです。つまり、大量のデータを解析するうちに「この可能性もある、あの可能性もある」と曖昧な予測になりがちなところを、きちんとひとつの結論という形に追い込むのが浜さんのスタイルです。 そうでないと、どこで間違えたかわからなくなる。壮絶にはずれても、どこが間違ったかがわかれば、それが自分の中での蓄積になりデータになるというわけです。だから、海外メディアに人気があるエコノミストでいらっしゃると納得しました。わかりやすくて明確。結論がはっきりしているからです。 それで、この言葉には、すでに私のカラダの一部になっているくらい影響を受けています。社長となり経営判断をする場面に出くわしたときに、「なぜそうしたか」「なぜそう考えるか」の組み立てをしっかりし、出来る限りの理論性を持たせる。結論ははっきり出す。 経営判断というのは、究極の選択を迫られることもあります。本当に答えが出にくく迷うこともあります。だからこそ、もしも後から「あれは間違っていた」となったときに、どこで間違えたのかがはっきりしていれば次の修正や改善にもっていけるわけです。 そして、あともうひとつ! ものすごくハードにお仕事をされていながら、「遊ぶ時間は、なぜか、どこかから湧いてくるんですよ」とおっしゃったことでした。これにもしびれました。その境地になってみたいです。 |






