私は今年に入ってから、2つの自主サークルのようなものに参加し、1つは週に2回程度、もう1つは月に1回程度の割合で、電話や勉強会の形で、自分の行動や思考をブロックする思い込みのエゴに気づき、それを手放すための活動を行っています。
また、日々の生活の中でも、落ち込んだり、悲しくなったり、怒ったり、自分や他者を責めたくなったりした時は、自分の中でその理由をWhy?で掘り下げて思い込みのエゴを見つけ、自分の感情を上手くコントロールすることで、自分や相手とのコミュニケーションに役立てるようにしています。
例えば、先日は勉強会で、ある人から言われた言葉に傷ついたことについて、それがなぜなのかを掘り下げていったのですが、紙に書き出したり、パートナーからの質問に答えているうちに、その言葉自体がひどいものだったと言うよりは、私が勝手にその人のことを聖人君主のように神聖化し、「○○さんがそんなことを言うはずがない!」と思い込み、言われた言葉を歪めて解釈していたことが、傷ついた原因だと分かりました。
そこに気づけば、「なぁんだ、○○さんは神でも仏でもなく○○さん自身であって、そのままの彼を受け入れれば、私が傷つくこともないのか。」と、自分で作り上げた勝手な思い込みのエゴから解放されてスッキリしたわけです。
そして、もし私がそのエゴに気づかなければ、振り回されて、どんどん彼との関係が悪くなっていくことは想像に難くないことです。
さらに、エゴは1つや2つではなく、ネガティブな感情や人間関係すべてに付随するものですので、先日、aoiさんから「エゴは0にはできない」というコメントがありましたが、私の中では、エゴは0にするものと言うよりは、都度向き合っていくというイメージです。
また、0にしようと言うのは、エゴをダメなもの・持ってはいけないものという風に捉えているようにも思え、それもまた思い込みだと思うのです。以前に「本当の思い=思考-エゴ」と書きましたが、エゴは悪いものだから持たないようにすると言うのではなく、単に自分の本当の思い(Hope)に気づくために見つけるものであって、今回の場合は、私の思いは「ありのままの○○さんを受け入れられるようになること」だったわけです。
つまり、エゴと向き合っていくことで、Hopeに基づいた選択ができ、自分そして他者と上手くコミュニケーションがとれるようになるのであれば、それは否定するものでも忌み嫌うものでもないですよね?
片付けや掃除が1回で終わるものではなく、日々続けていくことであるように、思い込みを手放すことも癖にしてしまえば、その度にスッキリ感が味わえます。そういう意味では、エゴのお掃除は
心のデトックスと言えるのかもしれませんね
