キャリアプランを立てる意味 [2006年09月28日(木)]
昨日までの雨が嘘のように、今日の東京は秋晴れのいいお天気です
実は今日は私の3×回目の誕生日
とは言え、30を過ぎてからは、もうあまり、めでたくもないというか、特に誕生日だから云々・・・という感覚はなかったんですね。でも、この気持ちのよいお天気のせいなのか、オフィスで皆に祝ってもらったからなのか、今日は何だかいつもの誕生日とは違う、うれしい気分です
しかも、先日、机の中をゴソゴソと片づけていたら、私の出生時刻や生まれた時のちっちゃな足形まで載った出生証明書なるものがでてきたのです!それを見た時はさすがに、あーこの日から今日まで色々あったなー、お母さん、産んでくれてありがとう〜と妙に感慨深い気持ちになったのでした。

そして、今、私は新たなキャリアへの一歩を踏み出そうとしている訳ですが、そこで、今日はキャリアプランのお話をしたいと思います。
キャリアプランとかキャリアプランニング、最近よく聞く言葉ですね。転職向けのセミナーなどに参加すると必ずと言っていいほど、その必要性を強調され、1年後、5年後、10年後の自分を考えてみましょうなどというエクササイズをしたりします。でも、なぜそれが必要なのか、考えたことありますか?
10年前の私は、まさか自分が10年後に東京でフリーランスのキャリアセラピストなるものとして働くことなど夢にも思っていませんでした。その頃は、そこそこに仕事をして、当時付き合っていたBFと結婚して、幸せになることくらいしかプランらしいプランはなく、それはかなり長い期間信じていたことでした。
じゃ、今、私はその頃の計画性のない自分を恥じたり、そのプランが実現できなかったことを不甲斐なく思ったりしているか?と聞かれれば、決してそんなことはなく、逆に「人生何が起こるか分からない!」とこの10年の変化を面白がっている気がします。
とは言え、もちろん、いったんやりたいことが分かれば、具体的なキャリアプランは大切ですし、これをしよう、あれもしたいと考えるだけでワクワクしたり、元気になったり、パワーをもらったりするものではありますよね
また、やるべきことが明確になることで、物事がスムーズに進められ、それがキャリアプランを立てる醍醐味でもあると思います。
でも、思うように立てられない、もしくはプラン通りに行かないからと言って、焦ったり不安になったり、自分や周りを責めたり、立てたからと言って、それによってキャリアの可能性が狭まったり、自分の行動が縛られるのでは、本来の目的は見失われ、本末転倒だと思うのです。
今は、時代の流れも早いですので、当然、刻々と世の中のニーズも変化していっています。日々自分のアンテナを広げて色々なものに触れ、感じ、学んでいくうちに、やりたいことが変わっていくのは、もはや当然のことだろうと思います。もちろん変わらない場合もありますが、だからこそ、その時、その時の自分を受け入れていけばいいし、それが「今」を生きるということだと思います。(プランは立てた途端に過去のものになるとも言いますね)
信念と執着は紙一重ですが、自分でも気がつかないうちに信念が執着に変わっていることがあります。プランは自分のためにあるのであって、プランのために自分がいる訳ではありません。いつも自分の中に新たなアイデアが入ってくるスペースを作り、必要がなくなったエネルギーは手放す!それこそが、心のクリアリングですね。私も、この1年はそれを心がけていきたいと思ってます
実は今日は私の3×回目の誕生日
とは言え、30を過ぎてからは、もうあまり、めでたくもないというか、特に誕生日だから云々・・・という感覚はなかったんですね。でも、この気持ちのよいお天気のせいなのか、オフィスで皆に祝ってもらったからなのか、今日は何だかいつもの誕生日とは違う、うれしい気分です
しかも、先日、机の中をゴソゴソと片づけていたら、私の出生時刻や生まれた時のちっちゃな足形まで載った出生証明書なるものがでてきたのです!それを見た時はさすがに、あーこの日から今日まで色々あったなー、お母さん、産んでくれてありがとう〜と妙に感慨深い気持ちになったのでした。

そして、今、私は新たなキャリアへの一歩を踏み出そうとしている訳ですが、そこで、今日はキャリアプランのお話をしたいと思います。
キャリアプランとかキャリアプランニング、最近よく聞く言葉ですね。転職向けのセミナーなどに参加すると必ずと言っていいほど、その必要性を強調され、1年後、5年後、10年後の自分を考えてみましょうなどというエクササイズをしたりします。でも、なぜそれが必要なのか、考えたことありますか?
10年前の私は、まさか自分が10年後に東京でフリーランスのキャリアセラピストなるものとして働くことなど夢にも思っていませんでした。その頃は、そこそこに仕事をして、当時付き合っていたBFと結婚して、幸せになることくらいしかプランらしいプランはなく、それはかなり長い期間信じていたことでした。
じゃ、今、私はその頃の計画性のない自分を恥じたり、そのプランが実現できなかったことを不甲斐なく思ったりしているか?と聞かれれば、決してそんなことはなく、逆に「人生何が起こるか分からない!」とこの10年の変化を面白がっている気がします。
とは言え、もちろん、いったんやりたいことが分かれば、具体的なキャリアプランは大切ですし、これをしよう、あれもしたいと考えるだけでワクワクしたり、元気になったり、パワーをもらったりするものではありますよね
また、やるべきことが明確になることで、物事がスムーズに進められ、それがキャリアプランを立てる醍醐味でもあると思います。でも、思うように立てられない、もしくはプラン通りに行かないからと言って、焦ったり不安になったり、自分や周りを責めたり、立てたからと言って、それによってキャリアの可能性が狭まったり、自分の行動が縛られるのでは、本来の目的は見失われ、本末転倒だと思うのです。
今は、時代の流れも早いですので、当然、刻々と世の中のニーズも変化していっています。日々自分のアンテナを広げて色々なものに触れ、感じ、学んでいくうちに、やりたいことが変わっていくのは、もはや当然のことだろうと思います。もちろん変わらない場合もありますが、だからこそ、その時、その時の自分を受け入れていけばいいし、それが「今」を生きるということだと思います。(プランは立てた途端に過去のものになるとも言いますね)
信念と執着は紙一重ですが、自分でも気がつかないうちに信念が執着に変わっていることがあります。プランは自分のためにあるのであって、プランのために自分がいる訳ではありません。いつも自分の中に新たなアイデアが入ってくるスペースを作り、必要がなくなったエネルギーは手放す!それこそが、心のクリアリングですね。私も、この1年はそれを心がけていきたいと思ってます







