仕事もプライベートも充実!と思いつつも…つい日々の出来事に流されてしまう…。で、『あかるい自己改革』なわけですが!?ぐだぐだ試行錯誤の毎日であります(笑)

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ドストエフスキー『罪と罰』 [2007年05月29日(火)]
 
超スタンダードにも関わらず、今更読みました。正確にはまだ途中です。

私は最近の作家さんの作品は基本的に相容れないので、どうしても昔の作品ばかり読んでしまう傾向にあるのですが、なんでこれ、読んでなかったんだろ??って思うほど面白いです。

この時代のロシアの社会情勢を少し調べてから読めば、もっと『う〜〜ん』って考えさせられます。

現代にも通じる部分が多々あります。いろんな書評がありますが、そんなものにはとらわれず、素直に読んでみてください。

人間にはやはり『大いなる力』というよりどころがないと、ダメなのだなぁ…。
というか、なければならないのでは?


昨今、妙な事件ばかり、多いですよね。もう、うんざり。

神がいるか、いないか、なんて難しい話は抜きにしたとしても、
やはり、人間は驕り高ぶり過ぎ。

難しい、とか哲学的、とかお堅い、とか言われがちな『ロシア文学の巨匠』の作品。
全くそんなことありません。さささ、ぜひぜひ!!

近頃の作家さんを否定するわけでは、ないけれど。
もっと読み応えのあるもの、生み出してください〜
第七官界彷徨 [2006年12月23日(土)]
 
第七官界彷徨 尾崎 翠著

というタイトルの小説をご存知ですか?mizuは本好きでいろいろ本屋さんで衝動買いします。それらの本は定期的に処分するのですが、中には『どうしても処分できない本』があります。
カフカ、三島由紀夫、ユゴー、夢野久作などがそれらにあたりますが、この尾崎 翠についても同じです。

本はもう、ぼろぼろだけど、死ぬまで捨てないと思います。

このなんともいえない『いったい、何が始まるんだろう』みたいな思わせぶりなタイトル、そしてページを開くごとにつのる、不思議な感覚。
『第七官』とうたっているくらいで、この小説は感性で読むのがふさわしい、そう思います。
※ちなみに『第七官』とは、この小説独自の表現です。“第六感に次ぐさらに深い感覚のようなもの”らしいです。

主人公:小野町子が2人の兄と従兄弟の住む家へ“炊事係”として上京した際の短い期間のできごとのお話。

特に驚くような事件が発生するわけでもなく、淡々と物語は進んでゆきます。

長兄は心理学を研究、次兄は“苔(コケ)”について研究、(←コケは恋愛感情を持つか、という突飛なテーマである)従兄弟の三五朗は音楽を勉強しており、詩人というものに憧れている町子はそのような中で独自の感性を持ちつつ、静かに生活を始めます。

この物語を読むといつも、古い家屋の廊下を細かい霧のような空気が漂っているような、そんなイメージがわきます。

これこれ、こういう話である、というのが非常に説明しづらい。
驚かされたのは、このようなシュールな情景が描かれたのが、昭和6年、作家は女性であるということでした。
mizuが無知なだけかもしれませんが、昭和初期ってまだ女性の作家って少なかったように思います。それなのに、このまるでPVでも見ているような気分にさせられる、イメージの世界観。
早すぎる。現代でもこういった世界観を持った女流作家って、あまりいないなぁ。

今ってなんだか、いつも雑踏の中にいるようなごちゃごちゃ、ガヤガヤした時代。
だから、こういう『しん』とした、静かな世界によけいに憧れるのかもしれません。
美輪サマの本 [2006年11月29日(水)]
 
最近の書店は『新刊』のみならず、関連付けて商品を積んでいますね。
ですから、既刊の本でもちゃんと日の目を浴びている。TVで話題になれば、原作本を積み、同じコーナーに同じカテゴリの商品をちゃんと置いてあります。

昨日mizuは今流行り(!?)の『スピリチュアルコーナー』にて“スピリチュアルカウンセラー・江原氏”と“天草四郎の生まれ変わり(←本人談)ご存知 美輪明宏サマ”の本がうずたかく積みあがっておりました。

江原氏の本については、前に感想を述べていますので今回は美輪サマのお話。

読んで第一の感想『スカーッとした〜〜

あまたの相談に美輪サマが、お答えになる、という構成のもとにつくられた本でしたが、『○○なんですが、ワタシはこれからどうしたらよいでしょうか?』的な質問に、よくぞここまで、と思うほど
バッサバッサと切り込んでいきます。(笑)
実際の内容等は、いろんな彼の著書をを読んでみてください。面白いですよ〜。

mizuが初めて美輪サマをTVで見たのは、小学校のとき。

当時(記憶がおぼろげですが)美輪サマはすでにその不思議なパワーをメディアで存分に発揮していました。ですからmizuなどは、もともと美輪サマが『歌手・アーティストである』ことすら知らず、『占い師のオバチャン』だと思っていたのです。(←失礼)
母親に『この人だ〜れ?』と問うたとき、mizuは美輪サマが『男性であること』『まえは丸山明宏、といってたけれど、改名したこと』などを知ります。

子供心に、『不思議な雰囲気を醸し出している人』だなぁ…と。

なぜか『何で女の人の格好をしてるんだろうか?』という疑問はわかなかったですね。
この人の『現在』がいかにしてかたちづくられていったかを読むにつけ、“激動の時代”を生き抜いて来られたんだなぁ、と感嘆。

『軍人・軍国主義・戦争』に対して、ものすごく嫌っているということをTVで語っていたときの表情は切なかったですね。美輪サマが幼かった頃の故郷や日本は、本当に美しかったといいます。戦争が全てを変えた・だから戦争は絶対にしてはいけないのだ、と語っておられ、この人がなぜ、かたくなに『美しいもの』にこだわるのかが、少し理解できたような気がしました。

昔は『変態』とか『異常者』だとか、心ない差別の声も多く、大変苦労されていましたが、今ようやく時代が追いついた、といったところでしょうか。
好き嫌いははっきり分かれると思いますが、mizuは好きですね。
『こうあるべき、こうありたい』と願い、それに邁進している人間というのは、美しいものです。







ナウシカのこと [2006年11月19日(日)]
 
数ある宮崎駿の作品の中でも、mizuが一番好きなものは『風の谷のナウシカ』です。



風の谷のナウシカ

ジブリの作品は(←当時はまだ“ジブリ”のクレジットはなかったですね。当時のはまだ“徳間書店”の文字があったと思う。記憶があいまいですが確かナウシカのときにはまだ、“ジブリ”はなかったハズ。)その後、どんどん洗練されてゆき、同じようなテーマでは『もののけ姫』で一応の完成形をみたような気はしますが、mizuはやはり『風の谷のナウシカ』が一番好きですね

荒涼とした風景、あの久石譲の印象的なテーマ曲(←安田成美の歌った主題歌ではありませんよ〜ていうか、それ自体知らない人も多いよね。

人間が汚した大地。腐海の植物はそれを浄化して、キレイな土に戻してくれている。虫はその“腐海の森”を守る存在。ナウシカはひとり、地下室でその検証を行っていました。
アニメでは、あの地下室のシーンと、もうひとつ腐海の底に落ちたナウシカがその謎を解き、横たわるシーンが好きです。

アニメのナウシカは実は原作の2巻くらいまでのお話。原作はもっと考えさせられます。mizuはあのお話を読むと、人間はいかに進歩的で、いかに退廃的か。いかに生み出し、いかに滅ぼす存在か…。胸が締め付けられます。
途中、ナウシカは自己のあるべき姿を見失いそうになり、内にこもってしまいます。また救いようのないエピソードも出てきます。
それでも『人間の希望』について、描かれた作品で今読んでも決して色あせることのない名作です。
原作を読んだことのない方、ぜひ一度読んでみてください。(漫画です。

最後に。最近mizuは水槽の上部ろ過装置に、陸生の植物を植えようと画策中です。
あのナウシカの『浄化』の説のように、これが金魚の水槽でもいいらしいのです。
今、いろいろなサイトで情報を集めているところです。あ〜はやく検証したいっっ。



『また何か実験するつもり〜??』
『いっ、いや…そんな…』(←逃げるっ
スピリチュアルな [2006年08月26日(土)]
 
mizuは用もないのに、ふらりと本屋さんへ立ち寄るのが大好きです。
『立ち寄り&立ち読み』で、きっと本屋さんは迷惑していることでしょう。
買うつもりではいっても、本が好きなもんだから、あちこち目移りしてしまい、長いことウロウロいろんなコーナーをまわるので、時々店員さんがそれとなくよってきたりします。

mizuはどちらかというと、お店の前列にあるような新刊&話題の本コーナーには興味がなく、奥〜のほうにある、ちょっとかわったテーマの本が好きなので、よくその辺りでウロウロしてますが、店側にしてみれば、そこは死角になるわけで、そんなところへ、買う気があるんだかないんだかのmizuがウーロウロしてると、『コイツちゃんと買うよな』と思われてもしょうがないのかもしれません。

大丈夫だって!!万引きなんてするわけないやろ!!

で、昨日見つけたのが、江原啓之著・スピリチュアルな人生に目覚めるために  でした。
江原さんのことは、ずっと以前雑誌『anan』で拝見してましてまさか今のようにTVにひっぱりだこになるとは…。それだけ時代が不安定なのかな。

当時mizuは、いわゆる“スピリチュアルなこと”という問題について『なんとなく、こうなのではないのかな?』と自分なりに結論づけようとしていました。それは自分自身が不思議な体験をしたり、とかよくなんかの気配を感じたりとかしていたので、自分でいろんな本を読んで調べようとしていたのです。

哲学&宗教&宇宙関係&etc…とにかく人智に及ばない全ての問題をこういった本で紐解いてみると、あるひとつの共通点に達したので、上記のように勝手に“ふむふむ、こういうことなんだ”と感じておりました。

江原さんがマスコミに登場されてから、『あ、やっぱり、mizuの勝手に結論づけようとしていたことは結構正しかったんだ』と感じて嬉しくなりました。
彼の著書を読むと、自分がいかに日頃、不平不満なこころで過ごしているかがわかり、恥ずかしくなります。
偉そうなことをいってるけど、ちゃんと周りのことや人に向き合って生活しているか?って自分に問うのです。

『生きる』ということは、何でもない毎日の中から、学ぶことだとmizuは思います。

出世・成功・ありあまるほどのお金を手にすること…
そうなれたら、確かに『スゴ〜イ』っていう気持ちになり、嬉しくなりますが、死ぬときは何も持っていけない、持って(?)いけるのは(死ぬ間際に思うこと、ね。)
やはりこの世で過ごした、思い出なのではないでしょうか。

いつか自分も死ぬ。今なんでもないって思っていることや、日頃見慣れていて何とも思わない景色や、いてくれてあたりまえの人々。

いつか、お別れをしなくてはならないときがきます。そのときに心の中に、どれだけの思い出が浮かんでくるだろう。
この若さ(!?)で今から死ぬときのことを考えて、後ろ向きになっているのではありません。
しかし、忙しい毎日でもちょっと立ち止まってこういうふうに、考えてみると
『世の中けっこう捨てたもんじゃない』と思えます。
絵本のこと [2006年08月23日(水)]
 
小さい頃、母が物語集を定期購読で買ってくれており、それを楽しみに待っていました。

私は読むのが早く、本が到着したその日に全部読んでしまい、次が待ち遠しくてしかたなかったです。

代表的なお話(シンデレラ、とか白雪姫)はもちろんのこと、いろいろなお話が載っており、挿絵も充実していました。
今見ても、『ゼイタクな喜びを、子供のうちから経験させてくれた』という感謝の思いがします。

この物語集で読んだのではないですが、『赤いろうそくと人魚』という童話を読んだことを思い出し、『そういえば、どんな話だったけ?』とネットで調べたのですが、

ゴゴーン…悲しいお話でした。

そう、全て思い出しました。子供心にものすごい理不尽さや、せつなさを感じ取って、繰り返し読むにはいたらなかったのでした。

この『赤いろうそくと人魚』は大正時代の児童文学ですが、はぁ…。これが子供向けのお話なんですね…。子供、だと軽んじてはいけないのはわかりますが、悲しいですよ。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4039635809.html

以下はmizuのよみがえった記憶から。

人魚の母親は人間の世界に憧れており、せめて娘には暗い海の寂寥な暮らしではなく、あかるいお日様のもとで、美しい景色を見て育って欲しい、と願っていました。
『人間はこの世でいちばん優しい生き物だと聞いている』から。
ある日神様に願掛けをします。『どうか優しい人にそだてられますように』と。

そこへ、子供のない夫婦が通りがかり、『神様の思し召しだ』とその赤子を『人間ではなくてもかまわない』とたいへんに喜んでつれて帰ります。

その夫婦はろうそくをつくっており、人魚の娘はそれをみながら日々成長してゆきます。
大好きな養父母にせめてもの恩返しと思ったのか、人魚の娘は養父母がつくるろうそくに、自分なりに絵を描きます。
すると、そのろうそくがとぶように売れるのです。なんでもそのろうそくを持って海にでると、船が沈まない、というのです。

でも、そんな楽しい日々は、ある日突然終わります。
そのうわさが広まり、どうやら娘が人間でないことも広まったのでしょう。
香具師が養父母の家にやってきて、娘を売れとせまります。

『見世物にして、ひともうけする』のだと。
もちろん、最初は『とんでもない、この子は私たちの大事な娘なのだ』と断り続けます。

しかし…
大金に目がくらんだ人間の養父母は、

とうとう、その話を承諾してしまうのです。

大金、と引き換えに…

人魚の娘が悲しくて悲しくて、最後にせめても、とろうそくをつくるのですが、
悲しみのあまり、描いた絵がにじんでしまい、それは何度描きなおしても真っ赤に染まるのです。

とうとう、香具師が娘を引き取りにやってきました。
泣く泣く連れていかれました。そして娘の乗せられた船は何故か沈んでしまいました。

その少し後に、養父母の家の戸を誰かが『トントン』と叩く音がするので、養母が出てみると
そこには真っ青な顔をして、髪振り乱したやつれた女が
『その赤いろうそくをください』といいます。
養母は娘のつくった最後の赤いろうそくを、その女に渡します。
そうすると、洪水が起こり、なにもかも流され、とうとうその村も沈んでしまいました。

という、話でした。記憶もよみがえったばかりなので、まだうろ覚えな箇所がちらほらありますが。

その真っ青な女、は人魚の娘のお母さんなんですよね。
あんなに、『人間はやさしくて、すばらしい』と思っていたのに、このくだりは心をえぐられるようでした。

mizuは『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』のように、人間と自然界を題材にし、特に人間の罪深い部分をそれとなく批判するような物語がけっこう好きなのですが、小さい頃にこんなお話を読んでいたせいかもしれません。それにしても、悲しいお話でした。
群ようこ “トラちゃん” [2006年07月13日(木)]
 
今日は私の大好きなエッセイスト&小説家、群ようこについてです。
“トラちゃん”というエッセイです。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4087494810/250-7311914-2081009?v=glance&n=465392

この群ようこさん、椎名誠氏が携わっておられることで知られる雑誌“本の雑誌”社の事務員さんだった、という経歴をもつ方です。(その辺りのエピソードは“別人群ようこのできるまで”というエッセイにあります。こちらもオススメ。)

若い頃から、何の仕事をやっても、本人の意思とはうらはらに長続きしない、
お母様はとても自由な考えの持ち主で、群ようこさんが失業したときも、特にとがめたりもせず、

『あっ、そ』みたいな感覚だったそうで。『じゃあ、明日から家のことやってね〜』なんていわれてたそうです。

弟さんはまじめでコツコツ働くかた。でもってお父様は…。よく言えば、自由人。アーティスト気質。悪く言えば…。いや、やめておこう。

面白いようにmizuとの共通点があり、もうずっとファンです。最近の作品は、こなれてて洗練されてしまって、ちょっと寂しいですが。

で、紹介した“トラちゃん”はそんな若き日の群ようこさんが、失業中に当時飼っていたペットたちの思い出をつづったエッセイです。

インコ(←だったと、思う)にちょっとオチャメないたずらを、弟さんと仕掛けたり、ネコのトラちゃんがあたりまえのように、どこの章にも顔を出したり。

どの章もペットを飼ったことのあるヒトだったら『あるある〜』とうなずけるエピソードばかりです。

最終章の『トラちゃん』の巻は、涙なしでは読めません。動物って、喋れないけれど、カラダ全体で私たちには感じ取ることのできない“何か”をいっぱい感じて、めいいっぱい生きてるんですね。

よかったら、一読あれ。
本のお話“カフカ” [2006年07月11日(火)]
 
フランツ・カフカ著“変身”読んだことありますか?

私、一番最初の書き出しで“はっ??”ってなって、一気に読んでしまいました。

もうずいぶんまえです。

だって“朝、起きたら一匹の大きな毒虫”になっている、って言うんですよ。

“はぁぁぁ??”

もう己の狭い思考回路は脇に置いて、とにかく読み進みました。

読んだら、自分なりに検証を重ねまして、当時(20代)だったmizuは、

『己の内面で起こる自己認識と、他者から見た己』のどうしようもない『ズレ』を、抽象的に描いているのだな、と結論づけました。その後『カフカ論』などを読み、専門家によっても解釈がいろいろなので、

やっぱり、この辺は結論って出てないんだなぁ、と思いました。

ただ最近この話って

『今でいうところの出社拒否』『突然家族を介護しなくてはならなくなった』ようなことをテーマにしているのかな?

とも思うようになりました。そういう視点で読み返してみると、また20代の頃とは違った感じで、深いのです。

同じ本なのにね。


とにかく、設定が不条理なので、見解は人それぞれ、何通りもあります。しかし『正解』などないのだと思います。

それぞれが、素直に感じるように、受け取ればよいのでしょう。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4102071016/503-0304686-2239968?v=glance&n=465392
作家たち [2006年07月01日(土)]
 
私がこれまでハマった作家たちについて、少し。

寺山修司・夢野久作・三島由紀夫
ぐわ〜並べると、ホント怪しい。mizuのブログをここから見てくださった方は、ちょっと引くかな?

寺山修司、名前も何をしているヒトかも知っていたけど、そんなに気にはならなかった。
最初に作品を見たのは、病院の待合室で退屈紛れにパラパラとめくった雑誌の特集にて。(確かアサヒグラフかなんかだったと思う。)

あのなんともいえない、ほの暗い作風が、『病院の待合室』というシチュエーションとぴったりマッチしたのかもしれません。

素人が、トランプカードでデタラメな占いをして、まことしやかに相手にそのカードのメッセージを伝える…ような、ウサンくささが、あちらこちらに漂っている…。

そんな文体でした。
今より若かった私は、その妖しい世界にすぐさまとりつかれてしまいました。

天井桟敷の舞台や、映画について調べたりすればするほど、
『やっぱ、天才だ』と当時は思ったものです。

かなりアングラな世界にどっぷりつかっていましたが、大人になった今、

『シンプルな、日常生活でも使用する単語・文体にて作品を創り、しかしやはり誰にもマネできない世界を持ち、みんなのこころにすっと入ってくる』
そんな作風の谷川俊太郎のよさがわかってからは、奇抜な寺山修司の世界に、圧迫感を感じるようになってしまいました。
やっぱり、年をとったのかな。

夢野久作
代表作『ドグラ・マグラ』

この作品やたら長い。表現もグロい。
絶対好き嫌いが分かれると思う。

私は最初なんでこれを読もうと思ったんだっけ??ちょっと忘れてしまった。

ただ、困ったことに、これを読んでからは、他の小説に興味をなくしてしまいました。
何度も何度も読んでしまう。
絶対、手放さない本のひとつです。

それだけ、衝撃があったのです。
過去と未来と現在が、ゴチャゴチャに語られ、『前世の記憶』『ユング的な考え方』などが織り交ぜられ、大正・昭和初期の価値観のその当時には、ホントこのヒトは早すぎたのだと、思う。

興味のある方はぜひ、読んでみてください。
ただ、ホントに長い!です。要注意(笑)

三島由紀夫 最近ちょっとした話題ですね。(映画『春の雪』・昭和のライブドア事件?『青の時代』)

このヒト、ヤバイです。アブナすぎ

でも、魅かれてしまうのです。

ものすごく美しい世界と、ちょっと書くのがはばかられるような、アブナさ加減。
二つの相反するものの、見事なバランス。整然とした文体。どれをとってもつっこみようがないくらい、完璧。

ただ、これまでだと『天才作家の世界観』だと思われていたことが、今の時代に読むと、少しも珍しくなく、ごく一部の天才的な作家の頭の中の世界が、この現代では現実に起こっていることに、すこし虚しさを感じるのです。

しかし、三島センセイが生きていたら、この現代を見て、どんなふうに語っただろう。









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