[アフリカ 車 1よりつづき]
モザンビーク国内の道路は植民地時代に建設された後
ほとんど手入れされることはなく
しかも
内戦であちらこちらの橋が破壊され
道路には大きな穴が開けられた。
注) ↑の穴は雨でできた天然モノ・・・
1992年の和平協定の後、
国際機関や各国の援助で道路は徐々に修復されてきた。
それでも4WDは必需である。
時には町中でさえも・・・
町から外にでるには、
4WDに特大のガソリンタンクが必要。
なければ、赤や緑のガソリン缶を
2,3つ積んで行く。
次のガソリンスタンドまで300kmなんてことは当たり前。
そのガソリンスタンドにも必ずガソリンがあるとは限らない。
運がよければ途中の小さな村で
どこかの誰かが
何ヶ月も前に
自転車で何十キロもの道のりを走って
ガソリンスタンドまで買いに行ったものを買えることもある。
水が混じってるかもしれないが・・・
その他の必需仕様は、荷台。
これは何を載せるにも必要。
ビールを買っても、水を買ってもボトルはよごれてるし
野菜は畑の土がついたままだから、全部荷台においてしまう。
生きたままのニワトリを買うことだってある。
それでも荷台の一番重要な役割は、人を運ぶことだった。
私たちのトヨタハイラックスが
救急車として病人を運んだのは
何回あっただろう。
町唯一の州立病院には、救急車らしき車はある。
が、動いているところをみることは
ついになかった。
救急車は故障中で、修理をするお金がないとか
スペア部品を南アフリカから取り寄せているから時間がかかるとか
いや、そうではなくてガソリンを買うお金がないだけだ
いやいや運転手を雇うお金がないのだ、とか。
現地の状況に照らし合わせてみれば
なるほどどれも信憑性を持ってたが
結局真相は分からずじまいだった。
そのほかにも
道端でボレア(ヒッチハイクの意で使われる現地語)を求める人を乗せたり
家の水道を修理する為に来てくれる労働者たち迎えにいったり。
人の誕生にも立ち会う一方(「車上出産」参照)
ハイラックスは命の終焉にも借り出されることが多かった。
棺おけを墓地まで運ぶために
荷台つきの車が必要なのだ。
棺おけを載せた車の後ろから
参列者が炎天下の中を墓地へと歩く。
車はクラクションを鳴らしながら
ゆっくりと進んでいく。
いつもと同じはずのクラクションの音が悲しげに響きわたる。
何度出くわしても、周りの空気が止まるような音だった。
車上出産からお葬式まで
まさに、「ゆりかごから墓場まで」の車だった。