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注目キーワード  コンビネゾン スパンコールカーデ / 【今週のプレゼント】しっとり!ハンドクリーム

アフリカの水

モザンビークでの7年間。
想像を絶する出来事や
出会った人のことをなどを書いていきます。
言い伝え通り私も、もう一度アフリカに戻るのだろうか・・・?

スルメと子供たち 
道端の少年たちと話すようになってしばらくたったころ

気になっていたことを聞いた。

「ここで稼いだ小銭で何を買うの?」

「パン」

「あとは?」

「・・・・」


しばらくの沈黙。


「パンを買って、あとはお母さんが取り上げる。」

小さいからChicoと呼ばれる子が言った。

「お母さんはそのお金でビールを買うんだ。」


その次に口を開いたのは町から川を渡った湿地に住むアルマンド。

「おれはパンを買って家に持って帰るけど、
あいつは、エルネオは・・・スルメを買ってるよ。」

「スルメ?」


懐かしい響きだった。

開かれたイカの姿が頭に浮かんだが

それとはかけ離れた言葉が聞こえた。



「・・・マヤク。麻薬さ。」



エルネオの幼い顔を思い浮かべた。

あの無垢な顔と麻薬が結びつかない。


そして、この日頃の食べ物にも事欠く町で

麻薬が売られてるとはにわかに信じ難かった。


「そんな〜、うそでしょ?そんなわけないじゃない・・・」

「じゃ、セニョーラ、売ってる所に連れて行ってあげるよ」


町中の住宅街の細い道に入って行くと

木で出来た小さな机の上でたばこを売っている男の人がいた。

一見たばこしか売ってないように見えたが

話せば売ってくれるのだという。



それでもまだ半信半疑だった私は

通りの向こうに当のエルネオを見つけた。


「エルネオ!なにしてるの?」


他の子たちと駆け寄った。


「あ、セニョーラ・・・」

様子が変だ。視点が定まらない。

どうやらアルマンドの話は本当だった。


1 (173).jpg

 ケリマネの夕暮れ (ホテルChuaboから)



2009年3月7日(土) 23:52 [ ストリートチルドレンのはなし ]
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ある少年たちとの出会い 2
1975年に

ポルトガルの植民地支配から独立した後

1982年までは共産主義。


その後10年間の内戦。


1992年に内戦が終わった後は

複数政党制と自由市場経済。

過去30年ちょっとの間に

目まぐるしく政治体制が変わったモザンビーク。


そんな激動の時代を見てきた人々には

先のことを考えるという習慣がないように見える。

ある日を境に指導者も変われば

通貨も変わり、正しいと教えられることも変わる。

現金を持ち続ければ、

インフレでお金の価値は下がる。

それならば今・・・

となるのも自然の成り行きだろう。


・・・そんなことをぼんやりと思ったのは

道端の子供たちに

「どうして勉強しなきゃいけないんだよぉ。」

と聞かれて、とっさに説得できる答えが見つからなかったからだ。


1 (233).jpg

Chico




なぜ、勉強?

「自分のため・・・・将来のためじゃないかな。」


Futur=将来、未来

という言葉に全く反応しない子たちがいた。

言葉自体は聞いたことがあっても、その概念が分からないようだった。

ふぅん、と目をそらす子。



ようやく出てきた言葉は、

「セニョーラ!今度の日曜日、ビーチに行かないの?

ぼくも乗っけて行って。」

「ぼくも!」


Futurはまだ遠くにあった。



2009年3月2日(月) 22:04 [ ストリートチルドレンのはなし ]
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ある少年たちとの出会い 1
10年にわたる内戦中の激戦地の1つだったザンベジア州。

舗装された道は少なく

町を出るとが土ぼこりが舞う道が続く。

1日中停電がないことはまれで

水が2,3日でないことは普通だった。

そんな町で産業が育つはずはなく

ほとんどの人が仕事を持っていなかった。

家に食べるものがない子供たちは

自然と町中に集まり

車で買い物に来た人をつかまえては

車の見張りを申し出て、小銭を稼ぐようになっていた。


町に住み始めたばかりの頃

ポルトガル語もしゃべれず

車を降りる度に駆け寄ってくる子どもたちの

見分けさえ付かなかった。


そのうちだんだんと子供たちの顔を覚え

カタコトの話ができるようになるころには

子供たちの名前も覚えていた。

いつしか私も彼らの話に耳を傾けるようになり

ある10歳前後の少年たちのグループと仲良くなった。


ネルソン、アントニオ、チーコ、アルマンド・・・・

1 (225).jpg

ネルソン


彼らの顔を見る度に

「こんなところにいないで、学校に行ってきなさい!」

と言っていたのだが、

彼らにはそれが面白かったらしく

半ば怒られるのを楽しみに私に近づいてくるようになった。



2009年2月26日(木) 23:12 [ ストリートチルドレンのはなし ]
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さかなとバナナと汗と

住み着いた町、ケレマネには

スーパーなどというものはなかった。

トイレットペーパー、洗剤などの”工業製品”はインド人経営の小さな店へ、

魚や野菜など”生鮮食品”は青空市場へ買いに行く。


朝8時

すでに高く昇った太陽に照りつけられながら市場まで歩く。


市場へと続く道端にはすでに

カラフルなプラスチック容器が積み上げられている。

coloful street marketS.jpg



それを横目に見ながら市場へ入ると

”セニョーラ、セニョーラ こっちこっち。じゃがいもが10コントス”

”セニョーラ、何買いにきたの?これこれ、バナナ。5コントス。
 あ、でもセニョーラは3コントスでいいよ。はい、これ”

ひっきりなしに、次から次へと人が寄ってくる。


魚のにおい
バナナの甘い香り
野菜についた土のにおい
ココナツから立ち上る濃厚な香り

それらが人の汗、汚水、生ゴミのにおいと一緒に

市場の匂いをつくっていた。

Qulimane Water Markt.jpg


今しがた木からもぎ取ってきたマンゴーの横には

生きたままのカニが籠の中でうごめき

にわとりは足を縛られ

売られていた。



食べるということは

生きていくということは

すなわち

他者の生命を頂くこと。

そんなことを思い出させてくれる

生命が溢れる市場だった。












2009年2月25日(水) 20:53 [ 食べるはなし ]
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道なき道の激道中11
車で寝ることを選んだ私たちは

ニッサンダブルキャビンの前と後ろに分かれた。


小さな私でも足を曲げずには横になれない。



日が沈んでからかなりの時間が経ったとはいえ

昼間の熱気はそのままの強さを保ち続けているかのようだった。



車のシートから、ダッシュボードから

今までの歴史がにじみ出てくるかのように

得体の知れない匂いが漂う。



暑苦しい、窮屈な空間で

しかしながら少しの安堵感が体にのしかかるように

眠りに落ちた。




・・・・のもつかの間、

町中の蚊という蚊を集めたかのような蚊の大群に襲われる。

ズボンの裾をのばして、タオルで被い、帽子をかぶって

なんとかもう一度眠ろうとするが

敵は手強い。



わずかな隙間から、Tシャツの上から

容赦なく刺してくる。



ついには、寝ることをあきらめて

夜明けを待つ。



午前5時前、東の空が少しだけ赤みを帯びてきたころ

ベイラに向けてゆっくりと走り始めた。



(第1部完)
2008年8月12日(火) 23:41 [ 旅のはなし ]
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道なき道の激道中10
時間の感覚が全くなくなっていた。


日が沈むのが6時くらいとして、

それからの一連の出来事を考えると

10時くらいだったかと思う。

時計も持たず、どこを見ても時計らしきものはなかった。



なぜか時間が気になって

人に聞いてみるが

時計を持っている人はわずか。



腕時計をはめている人を捕まえては時間を聞くが

動いている腕時計には当たらなかった。



腕時計は実用的なものではなく

あくまでステータスシンボルとして

機能しているらしい。



食堂の奥にいくつが部屋があるらしく

見に行った。




直径3、4メートルほどの円形で、藁葺き屋根がついていた。



窓が全くない。


真ん中が下に垂れ込んだマットレスが

目に入った。

大部分がはがれかかった壁から

じっとりとしたかびの匂いが鼻をつく。


シャワーはないけれど、バケツに入った水が床に置かれている。



真っ暗な中で窓もない閉鎖的な場所よりは

バオバブの下の車の中で寝るほうが

まだ寝れるような気がした。


食堂のおばさんに明日早いことを告げて

車に戻った。


2008年8月9日(土) 22:31 [ 旅のはなし ]
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道なき道の激道中9
ティッシュともぼろ布ともつかないものをつめたままの

この機械工。

実はなかなかの腕利きだった。


溶接機を持ってきたかと思えば

すぐに車の下にもぐりこんだ。


あっけないほど簡単に応急処置は終わった。


なんとか明日の見通しがたったところで

俄然おなかが空いてきた。

薄暗い食堂に戻る。


「何か食べるものある?」

「Caril de Cabrito」

カブリート?







カブリートのカレー?




「メェー メェー」


食堂のおばさんが笑いながら、

手であごをさわっては下にのばす。



ヤギだ。


道路わきに放し飼いされていたあのヤギ達だ。

あのヤギ達は食用だったのだ・・・・



「・・・他には何かある?」


「これだけよ。」

そういって、おばさんは壁にぶら下げられたスナック菓子の子袋を指差した。


「じゃ、カレーを」 

しぶしぶ、恐る恐る口に入れたヤギの肉は

やわらかく、クセのない牛肉のようだった。

それでも、なぜかなるべく肉を避けて

ソースとしろご飯だけを口に入れる。


道路わきにいたヤギ達が

目の前にチラチラするのだ。


チラチラしていたのは

ヤギだけではなく先入観もだった。



食べるものではないという思い込みが

気もそぞろに食事を終わらせてしまった。


食が満たされると

今度は寝場所の心配が頭をもたげてきた。
2008年8月8日(金) 20:55 [ 旅のはなし ]
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道なき道の劇道中8
2人が行ってしまった。

辺りは静けさと暗さを増したようだった。



男たちはまたビールを飲み始める。

食堂には1人、2人と客らしき人の姿も見えるが

やはりテーブルに置かれているのはビールだけだった。


昼ごはんを食べた記憶も定かでなかったが

空腹は全く覚えなかった。

食堂の前の薄暗い小さな電気バルブの下で

身を丸めて車を眺めていた。


「いろいろ部品が取られないように

しっかり見張っておいて」

友人はそう言い残して行った。



テールランプカバー、ワイパー、ドアミラー、バンパー、マフラー

そんな部品がついていることさえ意識さえしなかった様なものまでが

盗みの対象になる。



しかし、そんなものはどうでもよかった。






「自分を守る」



それ以外に重要なことはなかった。


どうすれば身を守れるのか?




武道か武器か


懐疑か信頼か


笑顔か威嚇か



私のこの恐怖感は

日本で同じ状況に置かれたときに感じるものと

同じだろうか?



周りの人が、モザンビーク人でなくても

同じ恐怖を感じるのだろうか?




・・・・・




カタカタカタ・・・・


暗闇に一筋の光が見えた。



2人が帰ってきた。


手には約束どおりの溶接機が携えられていた。


2008年7月7日(月) 21:59 [ 旅のはなし ]
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道なき道の激道中7

・・・・死ぬまで



その男の言葉がストッと胸に落ちるほど

目の前の男たちは転がり続け、殴り続けていた。



2人を囲む他の男たちは

ただ静かに立っている。



日は沈みきって

食堂の電気がもれてくる以外は

漆黒の暗闇が広がった。



ここで人が死ぬのを見ることになるのか。



なぜか心は落ち着きを取り戻しつつあった。


横の男の


「アフリカの・・・」


という言葉で

立っていた場所からずっと後ろに下がった気がした。


またどこからともなく透明カプセルが

私の周りだけを囲んでしまった。




よそ者から見れば

理不尽だったり

不合理だったり

無駄だと思うことでも

やってしまうこと。

やらなくてはいけないこと。




それを文化と呼ぶのだろうか・・・・





上に乗っていた男が

もう一人の男を放して立ち上がった。



そのままふらふらと歩いて

バオバブの下で

上半身を曲げたままじっと動かない。



もう一人のもとに、周りの男たちが近寄って行った。


両脇を支えられて立ち上がり

食堂の外に置かれたテーブル脇に座った。




バオバブの下にいた男が私たちのところに近づいてきた。



「終わった。行こう。」


「・・・・え?」


「機械を取りに・・・・」


「そんな、無理だろ。

 鼻から血が出てるじゃないか。

 口からも・・・・」



機械工は片方の鼻を指で押さえて

フンッ、フンッと勢いよく血を飛ばし

口から血を吐き出して言った。



「さあ、行こう。

 明日はBeiraに帰んなきゃいけないんじゃないのか?」


友人と機械工は漆黒の闇に消えていった。


2008年7月2日(水) 21:42 [ 旅のはなし ]
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道なき道の激道中6

男がもう一人の男の上に馬乗りしていた。

しっかりと握りしめられたこぶしが

下の男の上に振り下ろされる。


地面に寝転ぶ二人を囲む男たち。


腕組をしたまま黙って見る男。

ビール片手に二人の真上まで近づいて

何か言っている男。

二人を指差しながら

笑っている男。


食堂から漏れる光が

男達の汗と血を照らす。



その光が照らした先に

先ほどの機械工がいた。

下で殴られているのは彼だった。


喧嘩が他人事ではなくなった。


「ちょっと、どうしよう・・・止めないと!」

思わず前へ進みそうになったのを友人が止めた。

「止めてもムダだよ。

 それに、これは俺らが入る問題じゃない。

 さっきから、あっちでくすぶってたんだ」


どうやら問題は、

例の機械工が私たちの車を修理することにあったらしい。

私たちと機械工のやり取りを見ていた男たちの中に

昔から村に住む機械工がいた。


その古機械工にとっては新機械工は

「オレの仕事を横取りした生意気なヤツ」

新機械工は

「オレが取った仕事だ。ゴチャゴチャ言うな」

ということで取っ組み合いが始まったらしい。



目の前の男たちは

上と下を入れ替えながら

転がっては止まり

止まっては転がり

殴り殴られていた。


理性も思考も尊厳もなく

ただ人間の中にある

動物的な本能があるだけだった。


横の男がつぶやくように言った。



「アフリカの喧嘩はどちらかが死ぬまでさ」



2008年6月29日(日) 23:16 [ 旅のはなし ]
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