旅行記の途中にすみませんねえ。。。旅行記終わるの待ってたら自分でもいつになるかわからないもので他の話題ですが失礼します。前も書いたかもしれないので、適当に読むなり読まないなりご自由に。。。
今日は2ヶ月ぶりに美容院へ。髪が伸びたせいでボリュームのあるところのポイントが下がって「ふかわりょう」みたいだった髪をすっきり切ってきました。これでNYに行ったら完全小学生扱いでしょう。。。
カラーリングもするので滞在時間が長く、いつもは読まない雑誌を手に取るいい機会、ではあります。美容院では30代の会社員が読むような雑誌を渡されることが多いわけですが、今日は読んでいて改めてうんざり。紹介されている商品の高いこと高いこと。「お気に入り」だか「ボーナスで狙うもの」だかにエルメスだのカルティエだのルブタンの靴だの・・・なんなんだ。30代の会社員ってそんなに給料高いのか・・・勿論そんなわけないでしょ。「リュクスなものは普段遣いしてなんぼですよ」・・・ウソ言え、何様だお前は

・・・ま、そういう雑誌には雑誌なりの都合があることも大体予想がつくから大抵の読者は鵜呑みにしないだろうし、逆に物欲はこういう雑誌みて満足させてるんじゃないか。けど、特に自分が今無職で購買力もかつてないほどないから

余計そうなのかもしれないけど、なんだかこの紙面から溢れる
「ギラギラ感」には圧倒されてしまいました。出てる商品そのものはそりゃいいものなんだろうけど、こういう形で毎月だか隔週だかの周期で並べ立てる姿は醜い、と思う。
別にブランド品がダメって言ってる訳じゃないんです、私。ほんとは私だって40代ぐらいになったらサンローランのコートが似合うようなマダムになりたいさ。ただ、生活レベルに合った生活で十分だろって思う。そして、
それじゃあ十分じゃないって言い立てられるのが嫌なの。それが資本主義なんだからしょうがないとか、物が売れないと景気が回復しないとか、私たちは消費社会に生きてるんですとかいう理屈はわかってますとも。院時代には『資本論』のフェチのとこだって斜め読みしたさ(別に私は共産主義じゃないですよ、と一応付け足しておく)。それでも「お前の生活は足りてない」から「コレ買え、アレ買え」って言い立ててやまない、そういう手口が、理屈はわかっていても、ナイーブだと言われようと、どうにも嫌なのだ。
むか〜しむかし、私がまだ音楽雑誌を読んでいた頃だから90年代の半ばかそれ以前、ベックというアメリカのミュージシャンがいるのだけれど、彼がインタビューで語っていた言葉が印象に残ってる。
「東京に来てみて、どうですか」という質問。
普通のアーティストだったら「人が礼儀正しい」だとか「人が多い」とかどーでもいいことを適当に応えるし、そもそもこんなの、答えに期待した質問じゃないんだし(よね?)
でも、この質問に彼はこう答えていた。
「東京は買え買え、ってパワーが凄い」と。
当時は正直あれだけマテリアリスティックな世界の住人であるアメリカ人になんか言われる筋合いないよ、と思ったものだけど、やっぱりこれは当たってると思う。10年以上経った今でもそう思う。あの人、別に音楽的には好きじゃなかったし、いわゆる天才で私にはあんまり理解できなかったけど、この言葉だけはとても共感した。
この前、NYで空港から乗ったタクシーで姉のアパートまで50分ぐらいの間、運転手がずーっと宗教ラジオをかけていて、その間ラジオはずーっと「救済」についてまくしたてていた。信じればあなたは救済される。今のあなたが不幸なのは信じることが足りていないからだ、と呼びかけ続けていた。
どうかしてるよな、ほんとに。