9 父、判作逝く
2008-04-01 22:45:51
がん細胞が判作の体を猛烈に蝕んでいた。骨と皮だけになった体に痛みが走る度に体をくねらせ、悲痛の声をあげていた。
子供たちを可愛がっていた判作が赤ん坊だった弟が泣くと言っては怒鳴り、妹が飛び跳ねたと言っては、煩いと怒りまくった。
今子が子供たちを庇うと、韓国語で汚い言葉を吐きながら周りにある物を投げつけた。
「体が痛いのは分かります、だからと言って子供たちに当たらないで」
今子は子供三人を部屋の隅においた。
そんな中、判作が眠った時だけほっと、息が抜けた。来る日も来る日もこんな日がつづいた。
判作も心の底では、思いと反対のことをしていると思っていたに違いない。それを物語るかのように痛みがないときは、子供たちを自分のそばにおいていた。
そんな春本番の朝・・・、忠は眠りの中で、部屋がガヤついた様子を耳に感じた。眠りの中から少しずつ目を開けると、自分は部屋の隅にねかされ、裸電球が照らす灯りの下で、布団に寝ている判作に向かい、今子が涙目で俯き座っていた。祖母と伯母たちが部屋で何やらしていた。判作は目を閉じようとはしなかった。祖母が判作の顔を拭きながら、「判作やー、後のことは心配するなー、目をつぶれー。目をつぶってゆっくり、ねろー、判作―」と言いながら目を何度も手で覆っていた。
忠はそれを寝ぼけた目で見ていた。そして、その忠を今子は腕に抱き、「父ちゃん、死んだじゃったよ」と言って、判作の顔を忠に見せた。そのことが何なのか忠には、解らなかった。
ただ、眠るように横たわる父、判作を見ているだけだった。頭の上の二本のろうそくの火が、時よりゆらゆら揺れるさまが忠の気を判作からそいだ。時が過ぎるごとに狭い部屋を人が埋めた。寝たまま動くことが出来ない忠は、人の足元で過ごす他はなかった。
あくる日、忠は母、今子の背中で、白く砕かれた判作を目にした。
こうして日本に渡り働き続けた判作の生涯は閉じたが、仮に日本が日露戦争で勢いづかなけれぱ、アジア全体の悲劇はなかったと思うし、判作はもちろ祖父、祖母たちも日本に来ることはなく、もっと楽な人生を過ごしただろうにと思う。だが、今となってはそれを言うのは空しいことだし、遠いい日々のことのため、やぼは言わない。
せめて同じ悲劇が起こらないことを願うのみだ。祖国に戻ることなく一生を終えた判作を思う時に、もっと長くいてくれたら、親孝行のまねごとが出来たのにと、忠は後に思っている。
子供たちを可愛がっていた判作が赤ん坊だった弟が泣くと言っては怒鳴り、妹が飛び跳ねたと言っては、煩いと怒りまくった。
今子が子供たちを庇うと、韓国語で汚い言葉を吐きながら周りにある物を投げつけた。
「体が痛いのは分かります、だからと言って子供たちに当たらないで」
今子は子供三人を部屋の隅においた。
そんな中、判作が眠った時だけほっと、息が抜けた。来る日も来る日もこんな日がつづいた。
判作も心の底では、思いと反対のことをしていると思っていたに違いない。それを物語るかのように痛みがないときは、子供たちを自分のそばにおいていた。
そんな春本番の朝・・・、忠は眠りの中で、部屋がガヤついた様子を耳に感じた。眠りの中から少しずつ目を開けると、自分は部屋の隅にねかされ、裸電球が照らす灯りの下で、布団に寝ている判作に向かい、今子が涙目で俯き座っていた。祖母と伯母たちが部屋で何やらしていた。判作は目を閉じようとはしなかった。祖母が判作の顔を拭きながら、「判作やー、後のことは心配するなー、目をつぶれー。目をつぶってゆっくり、ねろー、判作―」と言いながら目を何度も手で覆っていた。
忠はそれを寝ぼけた目で見ていた。そして、その忠を今子は腕に抱き、「父ちゃん、死んだじゃったよ」と言って、判作の顔を忠に見せた。そのことが何なのか忠には、解らなかった。
ただ、眠るように横たわる父、判作を見ているだけだった。頭の上の二本のろうそくの火が、時よりゆらゆら揺れるさまが忠の気を判作からそいだ。時が過ぎるごとに狭い部屋を人が埋めた。寝たまま動くことが出来ない忠は、人の足元で過ごす他はなかった。
あくる日、忠は母、今子の背中で、白く砕かれた判作を目にした。
こうして日本に渡り働き続けた判作の生涯は閉じたが、仮に日本が日露戦争で勢いづかなけれぱ、アジア全体の悲劇はなかったと思うし、判作はもちろ祖父、祖母たちも日本に来ることはなく、もっと楽な人生を過ごしただろうにと思う。だが、今となってはそれを言うのは空しいことだし、遠いい日々のことのため、やぼは言わない。
せめて同じ悲劇が起こらないことを願うのみだ。祖国に戻ることなく一生を終えた判作を思う時に、もっと長くいてくれたら、親孝行のまねごとが出来たのにと、忠は後に思っている。



あえて使ったのは、父の苦難の日々を胸に置いておきたいとの思いがあるからかも知れません。自分にはいつになっても大切な、父ですから。